16日目

 ちまちまと読みすすめていたコニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』を読み終える。史学部の学生キヴリンが歴史研究のために時間旅行をして直接中世社会を観察にいくというお話なのだけど、キヴリンの向かう先にも、彼女を送り出す現代のオックスフォード大学側でも感染症が蔓延している。ちょうどわたしも同じような状況を生きているわけで、トイレットペーパーがない、食料もいろいろない、少ない物資のなかでどうやって衛生環境を維持するか悩むとか、どんな場所であろうとみんなで集ってはいけない、マスクがないからとりあえずマフラーで口元を覆う(つまり売人スタイル)と「布地じゃ顕微鏡サイズのウイルスは防げないぞ」(下巻p. 78)など、感染病下の描写が身につまされる。

 すごいなと思ったのが、おそらくペスト史研究に基づき正確な描写がなされていること。グレッグ・イーガンのようにハードSFを書くには最先端の科学に関する知識が必要であるとか、「クリミナル・マインド」のリードのように、トレッキーが「スタートレックは科学的な間違いは少ない」と自慢げに言ったりするけれど、石坂尚武の「黒死病でどれだけの人が死んだか : 現代の歴史人口学の研究から」で書かれている類の学問的蓄積を踏まえて書かれているように思う(わたしはペストに関する歴史研究はこの論文くらいしか読んだことがないのであれなんだけど)。具体的には、ヨーロッパにおいてペストで亡くなったのは1/3程度と言われているけど実際はもっと多く半分は亡くなっているだろうとか、司祭は逃亡するから教区には不在であるとか、基本的には貧しい人々の方が死亡率が高いけれど、生き残った者は上の階層にのし上がり「どこかの高貴な旧家のご先祖さまになる」(下巻p. 359)とか。そして、ペストが蔓延する中で必死に住人の看病をするキヴリンが私たちの時代はそうした逃げ出したり潜り込んでのし上がった人によって築かれたことが問題なのではと記録に残すのだけど、この言葉はTwitterで見かけた「生き残った者は有利に利益を得られるのでそれはいいこと」的な発言を思いださせる。いま読んでよかった本だ。

 ただ、わたしがしんどいときに内容を問わずフィクションに逃げるタイプで、周りにたまたまひどい症状となったいる人がいないから読めただけで、読むべきだと強くは言えない。いい小説だけど。

 あと、家の中でつまずいて足の甲を骨折した。